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好きなもの、好きなこと、日々の出来事について語っています。

『軍師官兵衛』第43話「如水誕生」

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官兵衛は三成の罠にはまり、蟄居を命じられてしまいました…。

秀吉の怒りは激しいもので、切腹を申しつけられてもおかしくない状況。

まさに生きるか、死ぬか、その瀬戸際にありました。

 

sakuraho.hatenablog.com

秀吉と家康が先日、大名たちを集めて行われた物まね大会のことについて会話を交わしています。

 

家康が「先日の瓜商人の真似は見事でございました。」と言うと、

秀吉は「いやいや徳川殿のあじか売りもなかなかでござった。」と。

 

真田丸でいうとココ。

sakuraho.hatenablog.com

 

いや、この物まね大会。やっぱり本当にあったのですね。最初の『軍師官兵衛』を見た時はこのシーンの意味がさっぱりわからず、スルーしていました^^;

 

 如水誕生。

そして拾、のちの秀頼が生まれました。

待望の男子であり、秀吉の後継者。先に亡くなった鶴松を想ってか、この子には何としても強く健やかに育ってもらいたいと願う秀吉でした。

 

早く官兵衛を厳罰に処したいと待ちかねている三成が「黒田の仕置き」を秀吉に進言する。

 

翌日、官兵衛は死をも覚悟し、秀吉に対面するが、官兵衛の様子はいつもと大きく異なる部分があった。

 

秀吉は官兵衛の姿を見て笑い声をあげ、三成は目を見開き戸惑いを見せる。

そこには頭を丸め、出家し、名を如水円清と改めた官兵衛の姿がありました。

 

「本日を以て如水円清と号したい。」

 

その名は人にどう思われようと、ここは澄み切った水のように静か、という意味を込めて、付けられたものでありました。

 

官兵衛は秀吉に言う。

 

利休のように意地を貫くべきかとも考えたが、意地のために命を捨てるのは自分の性に合わない。自分ははいつくばっても生きのびる。まだ死ぬわけにはまいりません。

 

官兵衛はそういって、深々と頭を下げて土下座をして、秀吉に命乞いをするのであった。

その様子を見て、三成は溜飲を下げたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

さらに重ねて官兵衛は言う。

 

水は器の形に合わせて形を変える。役に立つも立たぬもうつわ次第。

人は生かしてこそ、使い道がある、と。

 

つまり、それは秀吉次第、ということ。

 

秀吉は「人を食った男よ。」と官兵衛に言い、助命嘆願の手紙が山ほど来ていることを告げる。

 

その中には茶々からの手紙からの手紙もあった。

 

「幼子の誕生を死で怪我してくれるな。」と。

それは北政所が、茶々に頼んで書かせたものであった。

 

「お主を許す。」「二度とわしの命に背くな。」

 

官兵衛の命はこうやって長らえたが、思惑の外れた三成は、舌打ちをして悔しげな表情をする。

しかし官兵衛がすぐに隠居を願い出て、それを秀吉が聞き入れたのを見ると、三成はこれで邪魔ものがいなくなったとほくそ笑むのでありました。

 

基本的には無表情で不気味な三成ですが、微妙な表情の変化で、そのうちの感情がわかるのが面白い。まー、ほんと。嫌な奴(笑)

山本耕史演じる『真田丸』の治部様とは、嫌な奴の度合いが違います^^;

 

場面が変わり、三成と茶々が何やら話し込んでいる。

 

「拾が生まれるなら、こんなに早く関白を譲らなかったでしょうに。」

「私の願いはただ一つ。この子が天下人になることじゃま立てするものはすべて退けなくてはなりません。」

 

うふふ、と笑った茶々を見て、三成は深々と頭を下げる。

茶々の言葉と笑みの奥にある意図を読み取った三成は、また、何か企んでいる様子…。

 

すぐに得意な告げ口攻撃が開始…。

 

三成は、秀吉に関白秀次の危険性を説く。

秀次は関白を拾に譲りたいという自分の考えをわかっているはずだと秀吉はいうが、三成はそうではないという。

秀次には嫡男がいる。誰だって、自分の子に跡を継がせたいはずだと。

 

秀吉の心に疑念が生じる。

 

秀次は北政所の仲介によって、官兵衛を相談相手としていた。

秀吉を安心させるために、生後2か月の拾と2歳になる自分の娘との婚約を願い出て、秀吉はそれを受けいれる。秀次は自分に反抗する意図はないと、安心したような秀吉であったが…。

 

しかし、今度は茶々が秀吉の不安を煽る。

 

秀次はまだ若い。

秀吉が生きているうちは大丈夫でも、その後はどうなるかわからぬ…。

 

三成と茶々。一番そばにいる二人の人間から、不安を煽られると、秀吉もそれが本当ではないのかと、疑念が強まってゆくばかりでありました

 

そして、とうとう、秀次は秀吉から謀反の疑いを掛けられるのであった。

もちろん、秀次にそのような意図はない。

 

一方、徳川家康も動き始めていた。

 

朝鮮で命がけで戦ってきた武将たちに報いようともしない奉行衆、とくに三成への反感は大きい。家康はそんな風に三成に反感を持つ武将たちとのつながりを深めようとし、三成への反感を増幅させるように仕向けてゆく。

 

自分自身も人質で危険な目にあったという話をし、長政の心をすっかりと掴んでしまった家康であった。

 

 まとめ。

土下座までして命乞いをする官兵衛。

潔くないかもしれない。利休のように意地を通して死んでゆく方が、潔いように見えるかもしれない。

でも、官兵衛がたびたび使う「命の使い道」という言葉。

官兵衛の祖父から教えられた言葉ですが、この言葉の意味を官兵衛は考え抜き、生きる道を選んだに違いないですね。

 

まだここが死ぬ時ではない。

生きてできることがある。やらねばならぬことがある。

そんな強い思いがあってこその、出家と土下座なのでしょうね。

 

それにしても、三成と茶々が怖すぎる^^;