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大阪『真田丸』紀行②豊臣家が滅亡した大坂城へ。あまりの広さに圧倒される。

大阪『真田丸』ゆかりの地を巡る旅レポの続きです。

前回は「真田丸跡地」について。

さて、次は大坂城です。

大坂の陣で豊臣家が滅亡した場所です。

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大坂城へ

大坂城の最寄駅

JR大坂城公園駅(※)

※大坂城は大変広いので、大坂城の中で行きたい場所が決まっている方は最寄駅が変わる可能性があります。

わー、着いた!

なんて、駅に着いた瞬間に思いましたけれども、駅を出ても大坂城は見えません!

ここから大坂城にたどり着くまで、けっこう歩かねばならないのです。この日はかなり歩いたので、すでに疲れています…(;´Д`)

しかし、大坂城に行きたいと言ったのは私。

頑張って歩きましたよ。

ずんずんと歩いて行きまして。大坂城ホールの横を抜けて、さらに歩き門をくぐります。

▼この門は「青屋門」と言います。

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門をくぐって、歩いて行くと…。

あ、見えてきた!

▼ようやくお城が見えてきました。

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こんもりした木の向こう側に、大きなお城が顔を出しました(*´∇`*)

で、もうちょっと行きますと…。

どーん!

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かなり大きいです!!

「そびえ立つ」という言葉がふさわしい、堂々とした佇まいに圧倒されてしまいます(*´Д`*)

手前の橋は「極楽橋」。徳川幕府によって架けられた橋は、戊辰戦争によって焼失。現在のこの橋は昭和40年に再建されましたが、長さはおよそ54メートル!

それだけ堀も幅があるということ。そりゃあ、簡単には落とせないわ…。

「これが豊臣秀吉が作った城なんだ…。」

としみじみしていたら…。

え?

違う?Σ( ̄ロ ̄|||)

現在の大坂城は豊臣秀吉が作ったものではありません。

はい、違うんだそうです。豊臣秀吉が作った大坂城じゃありませんでした。

大坂の陣で大坂城は燃えてしまいました。

確かにドラマでもそんなシーンを観ました。燃えるお城の中で淀が自刃するシーン。

でも、豊臣時代の城を再建したものだと思っていましたが…。

え?違う??

それが大間違いだったのです(; ̄Д ̄)

大坂城は大坂の陣で豊臣家が滅亡したあと、1620年に二代将軍徳川秀忠によって再建されました。で、今の大坂城は、徳川秀忠によって再建された城の再建だったのです。

でも石垣は豊臣家の作ったものなんじゃないかと思ったのですが…。

ええ?それも違う??

はい、それも違うそうですノ( ̄0 ̄;)\オー!!ノー!!!!

豊臣時代の石垣は地下に埋められており、その上に徳川幕府が城を建てたのです。大きさも豊臣時代の大坂城の方がまだ大きかったそうですよ。

まったく知らずに大きな勘違いしていました。覚えておこう、メモメモφ(.. )

この日はお祭りも行われていましたし、大坂城は大変な賑わいでした。普段から観光客の多い場所ですが、大河ドラマに影響された人も多そう。(←私みたいな…)

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大坂城本丸へ

▼堀もこんなに広い!

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こんな大きな堀があっては攻め落とすのは大変なことですよね。泳いで渡っても、石垣に阻まれますしね。難攻不落も納得です。今は遊覧船が浮かんでいます。平和そのもの。

▼巨大な石垣。

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こんな大きな石をどうやって運んだのか…。大変…。

▼豊臣秀頼と淀が自刃したとされる場所。

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ひっそりと碑が建っていました。そっと手を合わさせていただきました。

今の私の頭の中では淀は竹内結子さん、秀頼は中川大志さんに変換されてしまって、二人の最期を思って、寂しい気持ちになりました(ノд・。) グスン

さらに進みまして、いよいよ天守閣が近づいてきました。

天守閣

立派な石垣の上に堂々とそびえ立つ天守閣!

▼天守閣を真下から、見上げました。

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なんだか、レゴブロックみたいだな、と思いました(汗)

この天守閣は昭和6年に再建されたコンクリート製なのです。材質が違うと、同じ白でも漆喰の白とは雰囲気が異なり、ちょっと不思議な感じがします。

徳川秀忠によって再建された大坂城の天守閣は1665年に落雷で焼失して、その後は天守閣のないままだったそうです。今の天守閣は昭和の初めに再建され、戦争でも焼けずに残ったんですね。

元の城が作られたのは今から400年も前。クレーンもない時代に、どうやってこれほど大きなものを作ったのか…。

資材を運ぶのもかなり大変だったと思われますが、長い年月をかけて多くの人員を動員してこれだけの城を作り上げる。秀吉や徳川家がどれほどの力を持っていたか、よくわかりますね。

天守閣の中に入ります。

中に入ると、なんとエレベーターがありました。もうお城と言うよりもビルみたいな感じでしたよ。

姫路城は天守閣まで行くのは大変だった記憶がありますが、こちらはエレベーターですいっと。ここまで来るのに相当歩いて、足が限界だったので正直助かった(笑)

▼天守閣から見た風景。高い!

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▼金のしゃちほこ。

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大坂城の内部にはお土産物屋や資料館があり、貴重な歴史的資料を観ることができます。

▼大坂の陣を再現した模型。真ん中に真田幸村がいます。

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とにかく広くて大きくて、圧倒されました。そして疲れました。本当に広いので、天守閣までたどり着くのが大変。歩きやすい靴でお出かけくださいね!

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大坂城天守閣のアクセス等

【開館時間】9時~17時(最終入館は16時30分まで)

※夏休み等開館時間が延長される場合もあるので、HPで詳細を確認してください。

【入場料】大人600円 中学生以下無料(中学生は要証明)

【最寄駅】大阪環状線:森ノ宮駅、大坂城公園駅、東西線:大坂城北詰駅など

その他、色々な駅からアクセス可能ですので、その他の立ち寄り場所や大坂城で観たいところを考慮して、使う駅を決められるとよいと思います。

次は茶臼山へ向かいます。歴史上の大きな出来事の舞台になった場所。今はごくごく普通の公園です。

次の記事へ>>>大阪『真田丸』紀行③大坂の陣で家康と真田信繁が布陣した茶臼山を訪ねて

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