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『わたしは、ダニエル・ブレイク』/私は人間だ。犬ではない。名匠ケン・ローチが作り上げたカンヌ映画祭パルムドール受賞作。【ネタバレあり】

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。

重苦しいものが胸の奥につかえたまま、丸一日が経過した今も残っている。ふとした瞬間にダニエルの顔が脳裏をかすめ、考え込んでしまう。

「どうすればよかったのか?」と。

本作は「涙と感動の最高傑作」と謳われています。

確かにラストでは号泣したのですが、それは決して感動ではなく「怒り」や「やりきれなさ」「むなしさ」「無力感」が沸き起こって、どうしようもなく流れ出た涙。

決して「イイお話だった!」って涙じゃない。

「人生は変えられる。隣の誰かを助けるだけで。」

このキャッチコピーを正面から受け取ってハートウォーミングな映画を期待していくと、とんでもない目に合うかも。



『わたしは、ダニエル・ブレイク』

監督・出演・製作 基本情報

監督:ケン・ローチ
出演:デイブ・ジョーンズ/ヘイリー・スクワイアーズ
製作:2016年/イギリス・フランス・ベルギー

ケン・ローチ監督が引退を撤回してまで作りたかった映画で、第69回パルムドールを獲得しました。

ローチ監督は『やさしくキスをして』『麦の穂をゆらす風』などで知られています。どちらもずっしり重い作品で、社会派作品がお好みの方にオススメです。

主人公ダニエルを演じたデイブ・ジョーンズはイギリスのコメディアン。頑固で口やかましいダニエルの様子は思わず苦笑いをしてしまうシーンがあったのですが、コメディアンと聞いて納得しました。

本作は最初から最後までたんたんと進んでいき、派手に感情をあおるような作品ではありません。しかし思わず引き込まれ、最後まで目が離せませんでした。

特に余韻にひたるヒマも与えない、容赦ないラストシーンは胸に突き刺さりました。隣の席に座っていた男性が驚いて「え?終わり?」って呟いたのを私は聞き逃しませんでした。

あらすじ

 2016年・第69回カンヌ国際映画祭で、「麦の穂をゆらす風」に続く2度目の最高賞パルムドールを受賞した、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督作品。イギリスの複雑な制度に振り回され、貧困という現実に直面しながらも助け合って生きる人びとの姿が描かれる。イギリス北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク。心臓に病を患ったダニエルは、医者から仕事を止められ、国からの援助を受けようとしたが、複雑な制度のため満足な援助を受けることができないでいた。シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、ケイティの家族と絆を深めていくダニエル。しかし、そんなダニエルとケイティたちは、厳しい現実によって追い詰められていく。

わたしは、ダニエル・ブレイク : 作品情報 – 映画.com

感想(ネタバレあり)

零れ落ちていく。

主人公ダニエルは大工として40年以上も真面目に働き税金を納めてきた。病気の妻を長年介護し、看取ってからは一人暮らし。

心臓を患い、医者からは「仕事をしてはならない」と診断を受ける。

そこで福祉手当を受けようと申請するわけですが、審査の結果は「就労可能のため受給不可」

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少し話すだけで呼吸が荒くなり、額にはうっすら汗を浮かべるほど体調が悪く、医師の診断書を持っている老人がなぜ「就労可能」と判定されてしまうのか??

と、疑問に思うのですが、これが決して作り事ではなくイギリスの現実なのだとか。

イギリスの社会保障システムについては不勉強で、詳細はわかりません。

福祉が充実しているようなイメージがあったのですが、キャメロン政権に代わって以来の緊縮財政で、かなり社会保障が削減されている状況のようです。

就労可能かどうかの審査が厳しくなり、就労可能と判断された障害者の方が亡くなってしまうという事態も発生したのだとか…。まさに国家によって奪われた命。

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さらにダニエルを追いつめていくのは複雑に入り組んだイギリスの福祉制度。これは日本に暮らしていても、同じように感じることがあるに違いない。

これがダメならあれをしろ、ここじゃなくてあそこに行け、これをする前にあれをしろ。まるで諦めるのを待っているかのように、制度が複雑でたらい回しされつづける。

電話をかければえんえんと保留音が流れ続け、パソコンを使ったことのない老人に対しても容赦なく「オンライン」で申請しろと言ってくる。マウスの使い方もわからない老人にはどう考えても無理だ。

役所の仕事は多く人手が足りないのはわかる。この作品の中でも役所は常に混雑しており、職員たちも非常に多忙そうだ。ダニエルを見かねた職員のアンがパソコンでの申請を手伝おうとするのだが、「前例を作るな。」と上司に止められ叱責を受けてしまう。イレギュラーな対応をしていれば、キリがない。機械的で冷たく感じられても、すべての人に寄り添ってきめ細やかな対応をするには人手も予算も限界があるのだろう

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申請者への質問ややりとりはマニュアル化して民間に委託し、オンラインでデータを管理した方が効率がいいのは確か。しかし効率化が進めば進むほど、その隙間から零れ落ちていく人々が出てくるのは紛れもない真実だ。

シングルマザーと二人の子供たち。

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ダニエルは口うるさくて頑固な老人で、ゴミだしやペットのふんの始末などのルールを守らない人間には容赦がない。役所の窓口での態度もいい、とは言えない。

しかし、ダニエルは情に厚く心優しい面を持つ。偶然知り合った貧困に苦しんでいるケイティ一家を助け、絆を結んでいく。

自分自身の生活が困窮しており、先が見えない状況で、困っている人に手を差し伸べられる人がどれほどいるのだろう?まるで自分の娘や孫たちに接するかのようなダニエルの態度は胸を打つ。

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「フードバンクのシーン」がかなり強烈だった。

子供たちに食べさせるために自分は我慢し続けていたケイティは食べ物を目の前にして、その場で貪り食べてしまう。そして、そんな自分を強く恥じる。

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それほどまでに理性が吹き飛んでしまうほどの空腹を、私は経験したことがない。そもそも フードバンクで食べ物を貰うのに、大行列ができているのも驚いた。その日食べるものを買えない人がこんなにいるのだ…。

18歳の若さで子供を産み、さらにもう一人父親の違う子を産んだケイティ。

日本だったら「自業自得」「自己責任」だと責め立てられるのかもしれない。しかし学歴や特別なスキルは持ち合わせていないケイティは必死に掃除の仕事を探し、見知らぬ街で子供を育て、いずれ大学に行って人生を変えようと頑張っている女性なのだ。

親子が住むのは役所があっせんした古い家。夜中の風呂掃除でタイルがはがれて、ケイティが思わず泣いてしまうシーンはリアルすぎて胸が詰まった。そう、張り詰めているときに堤防を決壊させるのは特別なことじゃなく些細な出来事なんだ。

若い女性がお金を稼ぐとなれば、やることは決まっている。

世の中にはそんなケイティを軽蔑する人もいるだろう。

けれど、ケイティがそれを決意するきっかけは、ボンドでくっつけた靴が壊れて、娘が学校でいじめられたこと。

ケイティは母として、娘を守るために自分の身体を売るのです。自分を犠牲にしても子供を守ろうとする母の愛は尊いと思った。そして哀しかった。まじめで頑張り屋さんのケイティなのでわずかな援助があれば、立ち直れるのに。

どうして必要な援助が必要としている行き渡らないのか…。一度つまづいたら、立ち直るすべ余裕もないままに転がり落ちていく。



『助けさせて』

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ケイティ一家を助けながらも、ダニエルの生活はますます追い詰められていく。

「就労可能」と判定されたダニエルは求職活動をしながら求職手当を受けることにするのだが、そもそも仕事ができない状態で仕事を探さねばならないことが納得がいかない。

手書きの履歴書を作り、町を歩いて手渡して求職活動をしても「証拠」がないとして手当支給は認められない。やがてダニエルは家財道具を売り払い、電気も電気も止められてしまうのだ。

ダニエルを心配して声を掛け、手を差し伸べようとしてくれる元同僚や隣人たちがいる。しかし迷惑をかけたくないのか、プライドなのか。ダニエルは差し伸べられた手を掴むことができない。

そのダニエルが、ようやく助けを求めることができたのはケイティの娘の言葉がきっかけ

「助けてくれたから、今度は助けさせて。」

幼い少女の言葉に閉ざされた扉が開き、しっかりと抱き合う二人。

しかし、時はすでに遅く、無理がたたって病気が悪化してしまったダニエルは息を引き取る。

「わたしはダニエル・ブレイク。人間であって、犬ではない。」

ダニエルの言葉が胸に突き刺さる。

ダニエルは施しが欲しいのではない。楽をしたいのではない。怠けたいのではない。これまで誇りを持って仕事をし、税金を支払ってきた当然の権利を要求しているに過ぎない。彼には働く意思もあった。病気が治り、働けるようになるまでの間の手当てを求めただけだ。家財道具を売り払っても手元に残した「大工道具」がダニエルの生きざまを現している。

どうしてダニエルを救えなかったのか。どうすればよかったのか?

福祉を充実させれば財政がもたず、税金を投入する以上、受給資格があるかどうかの審査は厳格にしなければならないという現実。

その一方でダニエルやケイティたちのように制度からこぼれ落ちて苦しむ人々がいる。すべての人を完璧に救える社会保障制度を作り出すことは困難かもしれないが、現在のイギリスのありようはやはり間違っているように見える。

日本でも必要な支援を受けられず餓死をしたり、心中に追い込まれるといった哀しい出来ごとがたびたび起こっている。税金や社会保険料は上がる一方なのに保障は削減されていく傾向が続いている。この映画の中で起きたこと、今イギリスで起きていることは決して他人事とは思えず、暗澹とした気持ちにさせられた。

この作品が気に入った方にはぜひダルデンヌ兄弟の作品をおすすめしたい。移民や貧困、育児放棄、薬物などをテーマに社会派の傑作を送り出している監督です。

関連>>>『午後8時の訪問者』/あの時、ドアを開けていれば…。無関心が招いた悲劇。ダルデンヌ兄弟監督作品。



その他気になったこと。

 寝室税とは?

耳慣れない言葉なので調べてみた。

bedroom tax(寝室税)とは2013年4月にイギリスで導入された制度で、使われていない寝室の数に対し、低所得者向け住宅手当の支給額を削減する制度。http://www.eigonary.com/e/bedroom_tax

使われていない寝室があるからって、贅沢しているとは限らないだろうに。 。

「貧者の葬儀」

料金が一番安い時間帯の葬儀のこと。

ダニエルの葬儀はこの時間帯に出された。そんな言葉があるのにも衝撃だった。

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